4 --ガキッ! --シャーッ! 「下がれ、ラトスっ! ジュウもだっ! フィンの護衛に回れ、近づけさせるなよ!」 「が、合点でぃ!」 怒声混じりに部下に指示を出すアガタの声には、いや、焦りの色を隠す余裕はなかった。出来うるなら相手をしたくはなかったのだが、壊滅しかかっている他のパーティーを見捨てる訳にもいかなかった。 慎重にルートを選んだつもりではあったものの、自分の見込みが甘かったことを今さら悔いても仕方ない。いずれにせよ、このままでは自分たちですら生還は難しいように思われた。 度重なる重厚にして凶悪な攻撃、死者の王の呼びかけに応じて次々に召喚されるニブルヘルムの魔物たちの攻勢は凄まじく、幾度となく迎え撃つ戦士たちを蹴散らしていた。 その中で、必死に防戦を続けるアガタたち守護天使のメンバーたちは、疲弊も激しく、不死の王に近づくことさえできなかった。 何より、ウィザードのフィンを加えての新しい陣形はまだ確立しておらず、何人か所属するプリーストによる支援も、ともすればフィンへの護衛が遅れがちになるのは無理もないことであったかも知れない。 「ち、まずいねえ……」 「慌てるな、かしら!」 自分たちのメンバーが、明らかに上手く連携がとれていないことは、それを指揮するアガタにもよく分かっていた。それと知る傍らのムートも、予想しなかったわけではないとはいえ、状況が状況だけに難しい顔をする。 (訓練不足じゃな、仕方ないこととはいえ……) もとより、このような大規模戦をも、今後展開していかなければならない、と。それゆえ魔法職をも含めたギルドの再編を促したのはムートであった。彼の古い知り合いの子女ということで預かったフィンはもちろん、よくやっている。以前のように前衛職ばかりであったなら、とっく不死の王に壊滅させられていたであろう。 しかし、そのフィンの魔法を十分には生かしきれず、ときには彼女自身を危険な状況に晒してしまいがちだった。 「このままじゃ、ジリ貧だ! そうするんでい、おかしら!」 「おだまりっ!」 状況の悪化は誰の目にも明らかで、リーダーであるアガタは選択を迫られていた。 (撤退、これ以上犠牲はだせないしね) 「よし……」 「まて、アガタ!」 意を決し、撤退命令を出そうとして、それをムートが制した。 「な、なんだい、ムート! もうこれっぽっちも猶予はないよ!」 「……」 「ムート?」 しかし、ムートはしばしの沈黙の後、何かを耳で聞き分けるように峙(そばだ)てた。 「これは……」 「え?」 (空気がかわった!) これまでとは違う、あたらしい風、いや実際には少し違うその場の雰囲気の変化を、それを意識できるものとして感じ取れたのは、おそらくムーバただ一人だけだったであろう。 しかしそれは、すぐに誰もが分かる現象として現れた。 --ガキッ! --キシャーッ! --ドゴーン! バリバリバリ! --ウォオオオオッ! 「な、なんだっ!」 突然、これまで防戦一方であったはずの戦場に、魔物のものと思しき奇声が鳴り響いた。それに加え、何やら無数の「ガキッ、カン!」といった何か硬いものが弾かれる音。 --ギャーッ! --ゴロゴロッ! 「うおっ! 何だいこりゃ!」 驚くのも無理はない、メンバーたちを襲っていたはずの魔物が、あろうことかアガタたちの後ろから弾き飛ばされてきたのだ。そしてほどなく崩れ落ちた。 「ミサキさんっ!」 フィンの歓喜にも似た声が戦場に響いた。 「なっ!」 振り向いたアガタとムーバは、それぞれに我が目を疑う光景に絶句した。そのフィンをはじめ傷つき動けなくなったメンバーや、支援を担当するプリーストは一様に淡桃色の光に包まれ、魔物たちの攻撃を防いでいるようだった。 「ユピテルサンダー!」 --バリバリバリッ! そして次々に彼らに取り付く魔物たちが閃光とともに弾き飛ばされる。 その後ろ……同じように淡桃色の光の中から澄んだ詠唱が戦場を駆け抜ける。 「精霊ウィンディーネの加護をもって我は請い願うものなり、凍土を覆う荒れ狂う吹雪となりてかの敵を蹴散らせ……」 --ゾクッ 身体の正面で杖を横に構え、どこを見るとはなしに、ただ前方に視線を投げかけながら、無表情ともとれる冷ややかな口元から紡ぎだされる呪文に、アガタは、そしてムーバでさえ背筋を伝う冷たい戦慄を覚えた。 「ストームガスト!」 かつて、時計塔の中で起きた異変時に、彼女が見せた初めての上級魔法は、その頃に比べるまでもなく、も威力も効果も雲泥の差であった。 ロードオブデスが、自らの命で呼び寄せたニブルヘイムの多くの魔物たちが、吹き荒れる氷刃の中で凍りつき、あるいはパラパラと砕け散っていった。 「すごい……あれが昨日部屋にやってきた同じウィザードなのかい? まるで別人じゃないか!」 (しかし……) アガタにして、なぜムーバが魔法職の参入を強く勧めた訳が今わかった。 攻勢にあって、圧倒的な殲滅力を、窮地にあって起死回生の可能性を。これが……ウィザード。 「しかし、まさかこれほどとは……いや、あの娘が、か。長く生きていると、たまにこんな光景に出会うこともあるもんじゃ。 居るものじゃよ、『戦乙女』というやつは……」 「戦乙女……?」 ギルドの古参、いやマスターである自分自らが師とすら仰ぐ老騎士の言葉に、興味深さと、何より野心めいた笑みを浮かべて応じた。 「勝てそうかい?」 「かしらが一番分かってじゃろう?」 「あぁ、負ける気がしないね。野郎どもっ! 一気にケリをつけるよ、あたいに続きなっ!」 |