1 「お連れしましたぁ!」 軽いノックの後、用件のほとんどの部分を省略したかのようなセリフで飛び込んできたのは、ウィザードのフィン、まだまだこのギルド「守護天使」では新人であった。 フィンは自分の歓喜をまるで隠そうとせず、まるで自分がそうできるのが嬉しくて仕方ないといった風であった。 「この人が『ミサキ』さんです。本当に、同じギルドで一緒になれるなんて、あたし感激ですっ!」 「フィンちゃん、そんなに引っ張らないで……」 フィンに手を引かれ、そして突き出されるようにして前に躍り出たウィザードは、まだ若い娘で、妙におどおどした様子だった。それは幼さとは少し違う、もっと何か世間慣れしていない感じが、育ちの良さからくるものなのか、もっと好意的に言うなら厚い庇護の下で守られて育った箱入り娘、とかいう印象を受ける。 それは、実際の彼女の生い立ちから見ればまったく見当違いも甚だしいのだが…… 「あ、あの……、よろしくお願いします」 ミサキは戸惑っていた。よもや自分がギルドへの加入を促されるなどとは、思ってもいなかったからだ。事情が事情でなければ、決して自分から入ろうなどという気は起こさなかったであろう。 --あたし、リオンさんから頼まれてるんですよ。ミサキさんをあたしと同じギルドに誘ってくれって。だから、何が何でも入ってもらいますからね。 そう言ってなかば強引に引きずられてきたわけだが、自分がどのようなギルドに入らされようとしているのか、まったく検討もつかなかった。そもそも「ギルド」とはいったいどのような組織であるのかさえ、ほとんど知らないといってよかったのだ。 「フィンから話は聞いているよ、あんたが『ミサキ』かい? いい腕してるんだって?」 「あ、いえ……まだウィザードになりたてですから」 謙遜するミサキを値踏みするような視線で見つめるのは、黒い翼の頭飾りを着けた女のアサシンだ。自分と比べて、それほど年かさという風には見えなかったが、ゆっくりと椅子から立ち上がりながらそう声をかけた仕草は堂々としており、挑発的とさえ言えたであろう。 「あたいがこのギルド『守護天使』のマスターの『アガタ』だ。覚えてときな」 「は、はい……」 ミサキにとっては苦手なタイプ、粗野で自信家な印象をうけるそのアサシンは、少しでも不審なところがあれば見逃さずにはいない、と鋭く自分を観察していることが伺えた。 それにしても、そのアガタを抜きにしても、この部屋に集まっている4~5人のギルドメンバーは、どうひいき目にみてもいささか腕っ節の強い、いや粗野を通り越して野蛮とさえ言った方が当たっていた。どこが守護「天使」なのだろう? 名前と雰囲気がこうも違っているとは…… 「か、頭(かしら)ぁ、そんなに脅かさなくてもいいんじゃありませんか? フィンちゃんの知り合いだし、例のハイウィザードのダンナのお墨付きだっていうじゃないですか」 「けっ、リオンって例のハイウィザードかい? フィンが世話になってたっていうから信用はしてやらないこともないがよぉ、あたいはどうもああいったエリート臭いヤツが嫌いなんだよ」 「そ、そりゃ言いがかりだって。ねぇ、かしらぁ」 穏便に話をしようと割って入ったプリーストを一蹴し、再びミサキに鋭い視線を戻したアガタではあったが、思わぬ反撃を受けることになる。 「マスター、なんて言い方するんですか!」 「うっ、フィン……」 「リオンさんは、あたしが一番尊敬する魔法使いですよ。それにミサキさんだって、あたしがこれまで見てきた中で一番上手な人なんですから……あ、リオンさんの次ぐらいに、うんうん」 「あ、あのなぁ、フィン……」 どうやら、この姐御肌のマスターでも、フィンには甘いようだった。 「まあいいじゃろうて。なぁかしら、誰の紹介やどんな経緯があっても構うことはねぇ。 この守護天使の仕事に役立ってくれさえすりゃ、文句はないじゃろ?」 「そ、そうだなムート、まったくその通りさ」 ムートと呼ばれたのは、アガタのすぐ近くの席に座っていた老騎士だった。「騎士」とそう見受けられるのは、傍らに立てかけてある長剣があったからで、無数の傷や使い込まれたであろう肩、胴を覆う鎧も、一般の基準からすれば驚くほどの軽装といってよかった。 ごく稀に、重厚な鎧兜を嫌い、身軽さと己の技を磨き上げることを誇りにしている騎士がいるとは聞いたことがあった。 見たとおりかなりの高齢で、後輩たちのギルドの相談役をかって出た、かつての剣豪といった雰囲気だった。 「というわけで、ミサキ」 「は、はいっ!」 アガタは、この新人候補に向き直った。 「明日、ちょっとした試験を受けてもらうよ。なあに、実戦で使えるかどうか確かめさせてもらうだけだからね。昼過ぎにまたここに来ておくれ」 「わかりました、頑張ります」 「ああ、期待しているよ。フィン、今日はもういいから帰ってもらいな」 「ぶーっ、試験があるなんて聞いてないですよぉ。でもミサキさんならきっと大丈夫、頑張りましょうね」 「え、ええ、ありがとうね、フィンちゃん」 「えへへ……」 |